④長谷川武次郎

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④ちりめん本の生みの親、長谷川武次郎

 
 
長谷川武次郎(西宮家所蔵)

長谷川武次郎(西宮家所蔵)

1.激動の時代に磨かれたグローバルな感性

ちりめん本を企画し、初めて世に送り出したのは、独創的な出版プロデューサーと言える長谷川武次郎(1853-1938)です。武次郎は1853(嘉永6)年10月8 日、父・西宮與惣兵衛、母・袖の次男として江戸に生まれました。
彼が生まれた1853(嘉永6)年は、ペリーの黒船来航という激動の年でした。その翌年には200年以上に及ぶ鎖国が終わり、日本は自由貿易の時代へと舵を切ります。
ミッションスクールで英語を学び商法講習所(現在の一橋大学の前身)に入学して中退し、その後25歳で長谷川姓を継いでいます。今でいう「グローバルな感性」と「マーケティング知識」を兼ね備えた、当時でも稀有な人物でした。

2.「日本昔噺」シリーズの創刊

武次郎は1885(明治18)年に、第一号となる「日本昔噺(Japanese Fairy Tale Series)」刊行に携わりました。当初は外国語の教科書として発行されましたが、これが後に世界を魅了する「ちりめん本」の原点となります。
来日した外国人が帰国時のお土産として持ち帰ったことをきっかけに、その文化的価値は瞬く間に海を越えて認められるようになりました。

3.なぜ時代に逆行して「手仕事」にこだわったのか

明治時代、既に活版印刷による大量生産が普及し始めていました。それにもかかわらず、武次郎はあえて手間のかかる「木版多色刷り」と「ちりめん紙」にこだわったちりめん本を生み出しました。
そこには、ジャポニスム(日本熱)に沸く欧米市場を見据えた、冷静な戦略がありました。

  • 五感に訴える差別化

 当初は普通の和紙(平紙)で出版していましたが、日本土産としての付加価値を高めるため、あえて「ちりめん加工」を導入します。絹の縮緬(シルク・クレープ)のようなしっとりと手に吸い付く質感は、硬い表紙の洋書しか知らなかった欧米人に、驚きと感動を与えたのです。

  • 色彩の深化と芸術性

 印刷後に紙を縮めることで、色彩はより凝縮されて深みを増し、表面の「シボ(凹凸)」が繊細な陰影を生み出しました。

  • 「破れない本」としての機能美

  加工によって繊維を凝縮させた紙は、驚くほど頑丈になります。武次郎は「子供が手に取っても破れない、長く愛される本」であることに誇りを持ち、耐久性という実用的な美を追求しました。
武次郎の情熱とマーケティング眼によって、ちりめん本は単なる書籍を超え、今なお色褪せない「手に取れる芸術」となったのです。